もうすぐ休みが(GW

21時33分 → 22時54分

雨&風が強し

マスコミはやかましく繰り返し繰り返し言う。市民団体たちも言う。
「ブッシュの言う“大義”など、イラク戦争には存在しない」
 と。こういうものを毎日読まされ、聞かされる国民の大半にとっては、いい迷惑で しかなかった。 国民はバカじゃない。
「そんなこたあ言われんでもわかっとるわ」
 なのである。例え大義なき戦争であっても何でも、
「生き残るためには参加しなければ仕方ない」
 のだ。戦争というのは正義だから悪だからといって行うものではない。やらないと 生きていけないから行うものなのだ。

 隣に北朝鮮という刃物を持ったキチガイがおり、さらには韓国、中国という、日本 を追い落としたくって仕方のない国がすぐ側にある。軍事力を持たず、エネルギー資 源も、国民を自前で飢えさせないだけの国土も持たぬ日本は、その中でギリギリの選 択として、アメリカに尾をふっている。逆から言えば、アメリカを利用している。そ れを承知でアメリカも日本に利用されているんである。政治とはそういうものだ。国 民は無知なわけでも情報を得ようとしないわけでもない。そこらへんの過酷な現実を 見極め、ベストではないにせよベターな状況を、と思い、イラク派兵にOKを出して いる。

 彼らは何が悪いか。これは明らかである。 “態度が悪い”のである。“平和”“善意”“子供たち”という、誰も否定出来ない 言葉を楯にすることで、自分たちに賛同しないものは全て戦争の責任者なのだ、と無 言で協調を押しつけてくる、あの態度が問題なのである。人というものは、反対でき ぬタテマエを突きつけられて同調を求められると、“自己の選択権を無視された”と とってしまう生き物なのだ。

 これは、言説の正しさとはなんの関係もない。人は結局のところ、正しさではなく、態度とか、ものの言い方とか、顔つきとか、そういうことで人を判断する。思想信条の異なるもの同士でも肩を組んで酒を飲むことは出来るが、態度の悪いもの、生意気なものとは席を同じくする気も起きないものなのである。